住宅の中でも後悔の声を聴くことが多い「吹き抜け」についての解説記事第3弾です。前回までは構造的な面から吹き抜けについて考えてきました。吹き抜けを採用して心地よい空間を実現したとしても、それが原因で建物が弱くなってしまっては、本末転倒とはどころか、最悪の悲劇につながりかねません。そんな悲しい結末を避けるために最低限確認しておきたい点は十分に理解できたはずです。
今回は室内環境編ということで、主に暑さ、寒さなどの温熱環境について綴っていこうと思います。「吹き抜けのある家は寒いから止めておけと」いうまことしやかに語られ続けてきた噂話はあくまで噂話でしかなく、しっかりと計画された吹き抜けにそんな弱点は存在しないということを皆様に理解していただければ幸いです。
なぜ吹き抜けは寒くなる?
冒頭では「吹き抜け=寒いは間違い」だと言い放ちましたが、悲しいことに吹き抜けを設けた家の大半がその図式に当てはまってしまっています。ではなぜそのような状況になってしまっているのでしょうか。
理想の吹き抜けを実現するために、まずはその原因について考えてみましょう。
3つの原因
吹き抜けが寒くなる原因は大別すると以下の3点です。
- 冷気は低い位置に溜まりやすい
- 空間自体が広くなる
- 外気と触れ合う壁面積が増える
ではそれぞれがなぜ寒さに繋がるのか解説していきます。
冷気は低い位置に溜まりやすい
気体や液体は温度により密度が変化するという性質を持っています。温められれば密度が下がり、冷えれば密度は上がります。密度が下がった流体は軽くなり、上方へ集まり、密度が下がった流体は逆に下方にあつまります。その結果冷気は下階に集中します。
気球が浮かび上がることが出来るのは、この空気の密度差を利用したものです。
身近なものでは、お湯を入れた湯舟を放置して多少冷やした後に浸かってみるとこの現象を体感することが出来ます。この体験をしたことがないという方には是非一度体験していただきたいと思います。
一つの空間にあるのだから大した差にはならないと思う方もいらっしゃるでしょうが、これは意外と大きな気温差を生み出します。
浴槽水面近くのお湯に触れて、まだまだ暖かいなと思って足を底まで沈めてみると驚くほど冷たくなっています。性能不足の吹き抜けはその浴槽の底で生活するのと同じだと考えれば、如何にエネルギーの無駄で不快な生活となるか想像できるでしょう。
空間自体が広くなる
当然のことですが、吹き抜けを設けるということは上の階と空間が一体化するということを意味しています。つまり同じ床面積の部屋でも、吹き抜けがある部屋とない部屋では暖める必要がある気積が大きく異なるということになります。それはそのまま要求される空調性能の上昇につながっていきます。
エアコンなどの空調設備は参考用に○○帖用や○○㎡用などの表記がありますが、それはあくまで通常の天井高さの場合の目安です。吹き抜けがある部屋に設けるエアコンは吹き抜けを通して繋がっている空間分性能を上乗せする必要があります。
外気と触れ合う壁面積が増える
ここで皆様に二つの問いかけをさせていただきます。
先ず一つ目の問いは空気が冷えると下方に溜まるという話をさせていただきましたが、では建物内の空気はなぜ冷えるのでしょうか。
答えは簡単ですね。建物の外が内より寒いからです。逆に外の方が暑い場合は建物内はだんだんと暑くなります
そこで二つ目の問いです。
その熱はどこから逃げて、どこから入ってくるのでしょうか。
またも当然の答えですが、壁や窓、屋根と天井を通して熱は伝わってきます。詳しくは別記事で解説しますが、これを我々は熱貫流と呼んでいます。そのことを踏まえて次の画像をご確認ください。
自作の図解があまりにも分かりにくいので文章で補足させていただきます。四つの内、上二つの画像は平面形状を表しています。そして、その下の絵はその室の断面を表しています。平面の違いは吹き抜けの有無のみで、左側が吹き抜けのあるパターンです。紫色の矢印が外部との熱還流が発生する場所です。確認していただきたいのは右下と左下の違いです。右下の場合は熱貫流が起こる場所は4ヶ所。それに対して、左側はその倍の8か所となっています。実際にはこの図ほど感嘆ではありませんが、部屋の床面積が同じであっても、熱の逃げ道は吹き抜けの有無によって大きく変化することがご理解いただけるでしょう。
空間自体が広くなると寒くなりやすいと説明した時同様に、同じ床面積でも吹き抜けがあれば、熱の出入り口となる壁や、窓の面積はおおきくなります。これにより、室内の温度は外部の温度に近づきやすくなってしまうのです。
寒くない吹き抜けとは?
それでは本題です。寒くない吹き抜けとは次の三つの性能を十分に満たしている吹き抜けを指します。
- 断熱性能
- 気密性能
- 暖房性能
改めてみればどれも当たり前のものばかりです。しかし、これらが十分に満たせないままに吹き抜けを設けた住宅が後を絶たなかった結果、吹き抜け=寒いというイメージが定着してしまったのでしょう。
断熱性能
断熱性能を示す指標としては断熱等性能等級が挙げられます。これは戸建て住宅の断熱性能を7段階に区分けして評価したものです。
等級7 | 暖冷房にかかる一次エネルギー消費量を次世代省エネ基準より40%削減可能 |
等級6 | 暖冷房にかかる一次エネルギー消費量を次世代省エネ基準より30%削減可能 |
等級5 | ZEH水準の断熱性能と同等 |
等級4 | 平成11年省エネ基準(次世代省エネ基準)と同等 |
等級3 | 平成4年省エネ基準(新省エネ基準)と同等 |
等級2 | 昭和55年省エネ基準と同等 |
等級1 | 上記以外 |
7段階の等級に分かれてはいますが、私は等級5が一つの指標になると考えています。そのキーワードはZEH水準です。
ZEHとはどんなものなのか、経済産業省のホームページに非常に分かりやすく説明がされているため引用させていただきます。そこでは次のような説明がされています。
『ZEHとは、net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の略語で、「エネルギー収支をゼロ以下にする家」という意味になります。つまり、家庭で使用するエネルギーと、太陽光発電などで創るエネルギーをバランスして、1年間で消費するエネルギーの量を実質的にゼロ以下にする家ということです。』
断熱等性能等級5は、このZEHの基準の内で断熱性能に関してはクリアすることが出来るということです。(実際にZEHとするためにはこれに加えて創エネなども必要となってきます。)
では次に現状建てられている住宅はどの程度の断熱性能を有していると考えればいいのでしょうか。国土交通省の脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会の資料5より、既存住宅ストック5000戸を対象とした断熱性能調査の数値を引用させていただき、円グラフを作成させていただきました。
一目見てお判りになるかと思いますが、等級3以下が約9割です。現在住宅を新築しようと考えている方々が暮らした経験のある住宅は等級3以下である可能性が高いと思われます。そして、このような断熱性能の住宅に吹き抜けを設ければ寒いと感じるのはある意味では当然かもしれません。
一方で現在新築で建てられる戸建て住宅の断熱性能はある程度向上しており、等級4以上が全体の85%、等級5以上でも25%が該当します。このデータは等級6と7の基準が制定される前の調査であるため、等級5までしか確認することが出来ませんが、近年の断熱性能はある程度向上してきていると考えてもよいでしょう。
気密性能
そもそも気密性とは何でしょうか。簡単に説明していきます。
気密性とはその建物ががいかに密閉されているかを示す指標となっています。現在一般的な住宅に住んでいる方々は、そもそも住宅に隙間なんてあるの?と疑問に思うかも知れませんが、住宅に限らず建物には多くの隙間や空気の通り道があります。換気口などの通風のために意図的に開けられたものはもちろん、コンセントや設備配管の隙間、施工誤差による隙間などが存在しており、本当の意味で完全に密閉することは事実上不可能でしょう。
そして、その建物にどれだけ隙間があるかを示す指標をC値と呼び、次の式により求められます。
C値=合計隙間面積/延べ面積
式を見てわかる通り、C値は小さければ小さいほどその建物の気密性は高いと評価することが出来ます。
そして、C値の大きい建物=隙間の多い建物では計画通りの換気や温度管理が行えず、エネルギーロスに直結します。どれだけ温めてもその空気が漏れ出て冷たい空気が入ってきてしまっては、いつまで経っても室内は暖まりません。特に熱交換型の換気システムを採用している場合、その影響はより大きくなります。
暖房性能
暖房器具の性能は採用する商品ごとに○○帖用、○○㎡用など、室面積ごとに性能が変化するため、適切なものを採用する必要がありますが、今回はそんな話ではありません。暖房のため、採用する器具の種類に関するお話です。率直に申し上げると、壁掛けエアコンを採用してしまった時点で、その吹き抜けは残念ながら快適なものとするのは難しいでしょう。
理由は吹き抜けが寒くなる理由を読んだ皆様のお察しの通り、高所から暖気を送っているからです。近年のエアコンが高性能化し、部屋全体が均一に温められるように改良が進められているとしても、暖気は上方に集まるという物理法則には逆らえません。また、人間にとって過ごしやすい温熱環境を表す言葉に頭寒足熱というものがあります。この言葉が示す通り、人間は足元の冷えには非常に敏感です。壁が冷たい場合と床が冷たい場合では、温度差が同じでも感じる不快感は段違いです。このことは建築士試験にも出題されるほどで、足元の冷えによる集中力の低下に関する研究なども行われています。
ではどのような暖房器具を採用すればよいのか。それは床暖房や床下エアコンなどの床面から温めていく設備です。低い位置から暖気を送ることで室内全体を温めることが可能となります。また、この場合はシーリングファンなどは気流の影響で寒く感じることがあるため、採用しない方が良いでしょう。
もう一つの選択肢は全館空調です。全館空調は建物内全体の温度差が極力一定に保つためのシステムです。建物内とは当然吹き抜けやそこから繋がっている空間全てが含まれています。しかし、この場合は床暖房などとは異なり吹き抜けを通して上階に暖気が、下階に冷気が溜まりやすいため、シーリングファンの採用をお勧めします。その際は照明との位置関係に気を付けて設置する必要があります。
具体的な目標数値
ここまで3つの性能について綴ってきましたが、その中で具体的にこれだけあればOKというお話は意図的に避けてきました。
それは吹き抜けを設けても寒くならない具体的な指標は地域や周辺環境、間取りによって異なり、最適な値は都度変わってくると考えているからです。もちろん最高の性能にしておけば性能が不足するということはまずないでしょう。しかし、それには相応のコストが掛かってきます。そのため必要なのはしっかりとしたシミュレーションや計算を行うことが出来る信頼可能な事業者です。
事業者を見分けるための一つの指標としては、これらの話をして苦い顔をしたり、はぐらかしたりしないということが挙げられます。この辺りの数値を用いた説明から逃げない事業者は構造面などに対しても逃げずに真摯に向き合ってくれることでしょう。
その上で敢えて最低限の数値目標を掲げるとするならば「断熱等性能等級5」と「C値=1」は一つの基準としてもよいでしょう。それぞれこの数値を満たしていれば少なくとも平均より大きく劣るということは無いはずです。ただ、繰り返しになりますが、この数値を満たしていれば絶対に問題が無いということではありません。最終的な目標値は担当者と打ち合わせを重ねたうえで決定してください。
最後に
冒頭で噂話でしかなく、しっかりと計画された吹き抜けにそんな弱点は存在しないという、少し過激な言い回しを使いました。ただ、そのしっかりと計画された吹き抜けが世の中にほとんど存在していないというのもまた現実なのでしょう。そして、その出来の悪い吹き抜けのイメージが独り歩きした結果が現在の吹き抜けのイメージとなっているのだと思われます。
あっても寒いだけ。見栄のための贅沢品。吹き抜けを否定する意見は探せば山のように出てくるでしょう。しかし、吹き抜けは決して見栄や贅沢の為のものではなく、適切な計画の上で設けることで、素晴らしい実用品になり得るものです。
これから先吹き抜けのイメージが改善され、その価値が見直されることを願います。